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クロアチア・スロヴェニアとモンテネグロへの旅

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こんにちは。もと海外旅行添乗員&公立高校の英語教諭で、現在は英語を使う仕事で生活をしているゆういち(@lifeasaguide93)です。

 

最近、こつこつと過去の海外添乗の想い出をブログ化しており世界史やら世界地理やらの復習をしていました。今回はクロアチア・スロヴェニアとモンテネグロへの旅の想い出を記事化します。

 

アドリア海の真珠と称されるクロアチアのドヴロブニクは本当に素晴らしい、息を飲む美しさでした。スタジオジブリの魔女の宅急便の舞台にもなったそうで、実物を見たら納得!あの世界感が現実にあると知り感激したのを今でも覚えております。

 

クロアチアにはドヴロブニクに代表される美しいアドリア海沿岸の街々を楽しみ、内陸部の景勝地プリトヴィッツェ国立公園も満喫しました。クロアチアの隣国のスロヴェニアでは景勝地ブレッド湖、世界最大級の規模のポストエナの鍾乳洞を見学、そして内戦の負の歴史を今に伝えるボスニア・ヘルツェゴビナの町、モスタールなども見学することができました。本当に見どころたっぷりのツアーでした!

 

 

1日目 成田~ウィーン~グラーツ~ブレッド湖

成田空港からオーストリアの首都ウィーンへ。その後国内線に乗り継ぎグラーツへ向かいました。グラーツ到着、バスに乗り替え一路スロヴェニアのブレッド湖を目指しました。到着後、ホテルにチェックイン。

                        (ブレッド湖:ゴルフホテル泊)

2日目 ブレッド湖

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希望者と朝ブレッド湖畔をお散歩しました。そして朝食後、ゆっくりとホテルを出発。絵本の世界のようなブレッド湖の中に浮かぶ小島へ手漕ぎボートで渡りました。島にある聖マリア教会へ坂道を歩き訪ねました。願いが叶うという鐘を鳴らしました。島からはチトーの別荘でもあったヴィラ・ブレッドも見ることができました。

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その後、船でヴィラ・ブレッドへ向かいヴィラ・ブレッド内のレストランにてランチタイム。午後は、ブレッド城へ。お城からの景色は絶景でした。1004年に神聖ローマ帝国ハインリヒ2世の帝国教会政策の一環として、この地もブレッサノーネのブレッド司教へ寄贈されたことから始まりました。

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お城の中は中世の家具や武器が展示されており、古代から鉄を産出していたためローマ時代のコインなどが展示されていました。中世の印刷屋で記念証を印刷している方もいましたね。見学後、ホテルに戻りフリータイム。

 

私は希望者とホテル近くのスーパーを覗いてトイ・トラムに乗り湖畔を一周しました。夕食はブレッド城内のレストランにて楽しみました。

                               (ブレッド湖泊)

3日目 ブレッド湖~リュブリャーナ~ポストエナ~プリトヴィッツェ国立公園

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午前、ヨーロッパ最大希望のポストエナの鍾乳洞へ。トロッコで迫力ある洞窟内を走り、最下層へ。到着後、ヴァリカ・ゴーラ(大きな山)へ登りました。ここは地下道が交差するホールが崩落して出来たところで、そこを下り第一次世界大戦時にロシア軍により作られたロシア橋を渡り、レーベ・ヤーメ(美しい洞窟)へ。赤のホールや白のホールなどを歩いて通りました。

 

赤いのは地中のマンガン分が長い年月をかけ出てきたもので、白いのは純粋な石灰分がでてきたのもだとか。またスパゲッティホールでは本当にスパゲッティのような氷柱上の鍾乳石が素晴らしかったです。

 

人口のロシア回廊を抜けブリリアントと呼ばれる美しい石筍を見学しました。輝くようないわの塊がとても美しく印象的でした。そして、最後にコンサートホールへ。ここはクリスマスや新年のイベント時に本当にコンサートが行われるところで反響が良く、まさに天然のコンサートホールでした。

 

見学後、再びトロッコに乗り地上へ戻りました。昼食を鍾乳洞入口近くのレストランで済ませ、午後はスロヴェニアの首都リュブリアーナへ。コングレス広場でバスを降り、旧市街の入口、プレシェーン広場へ。19世紀の愛国詩人プレシェーンの像を見学し、リュブリャニャッツ川にかかる三本橋を渡り旧市街へ。

f:id:life-as-a-guide:20210728205315j:plain 旧市街では18世紀の市庁舎、龍の橋、ヨハネパウロ2世の訪問を記念して制作されたブロンズの扉が印象的な大聖堂などを見学し、その後プリトヴィッツェ国立公園へ。緑の宝庫と呼ばれるスロヴェニアの豊かな森林地帯を抜け国境へ。いよいよクロアチア入国です。

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【プリトヴィッツェ国立公園:イェゼロ】

ビールで知名度のあるカルロバッツの街から高速道路を降りると、破壊された家の跡など、1991年~1995年まで続いた内戦の跡が生々しく残っており戦火に巻き込まれた時代を思わずにはいられませんでした。夜プリトヴィッツェ国立公園内のホテルに到着。

                   (プリトヴィッツェ国立公園:イェゼロ泊)

4日目 プリトヴィッツェ国立公園

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午前、お弁当をもって園内バスに乗りプリトヴィッツェ国立公園の散策へ。まずは上湖群へ。一番標高が高いプロスチャンコ湖から湖群を下に見ながら歩いていきました。途中洞窟を越え、階段を下ると湖が広がっておりました。天気も良く湖の色が素晴らしく綺麗でした。水が透き通っている午後はしため湖に近づくとたくさんの魚の姿をみることができました。

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魚は全部で3種類生息しているようですが、青いものや赤みがかかったものなど見分け方にポイントがあるようです。

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その後、公園内最大の湖コジャック湖を船で渡り、ピクニックエリアにてお弁当ランチ。大自然の中で食べるランチは最高でした。

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午後は下湖群の散策です。クリアチアで一番大きな滝(ヴァリキ・スラブ)までゆっくり下っていき写真ストップ。その後、ゆっくり登り坂を上りブナの原生林を見学しながらシャトルバス乗り場へと移動しました。最後はバスでホテル近くまで戻りました。

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夕刻、希望の方と近郊のスリュニュ村へ。ミニプリトヴィッツエと呼ばれるこの村はコロナ川が創る渓谷に佇む伝統的な木造家屋と水車の村です。小さな滝と水を動力とする水車がとても印象的な村でした。ふと散策中に訪ねた村のおばさんの計らいで実際に水車小屋も覗かせていただくことができました。

 

散策後はホテルに戻ります。夕食はホテルにて。プリトヴィッツェ国立公園を全部回ることができました。本当によかった!

                         (プリトヴィッツェ国立公園)

5日目 プリトヴィッツェ国立公園~シベニク~トロギール~スプリット

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午前、バスにてクロアチア第二の都市スプリットを目指しました。緑の多い石灰質の大地を走りトンネルを抜けると緑は少なくなりダルマチア地方に入りました。ガソリンスタンドで休憩をとりその後もひたすら走ります。

 

クルカ川を渡って振り返ると河畔に美しいスクラディン村がありました。そして写真休憩。反対側には湖がありました。その後シベニクへ到着。

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【シベニク:大聖堂】

靴屋さんが軒をつられており細い道を通りながら古い家々を見学。時計台の前には鐘楼につけるはずの鐘が置かれたままになっていました。町の中心にある聖ヤコブ大聖堂はゴシック様式からルネッサンス様式に途中から変えられた面白い建物でした。外観の顔の彫刻も面白かったですね。

 

その後自由行動時間をとり、別荘が立ち並プロダリッツ村へ。シーフードランチを楽しみました。午後は小ドヴロブニクと言われるトロギールへ。途中、海に突き出したもともとは島であったが橋でつながれたプリモシュテン(橋を架けるという意味)で写真ストップ。とても美しい景色でした。

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【トロギール:聖ロヴロ教会】

トロギール到着後、島になった部分の旧市街を歩きます。ここの聖ロヴロ教会も4世紀の間にわたり造られた様々な様式を持つ建築でロマネスク様式の入口が素晴らしかったです。その後、海岸沿いを歩きカルメレンゴの砦まで歩きました。

 

その後、自由行動。トロギール観光後、バスにてスプリットに向かいました。途中サリン村(サロナ遺跡)を通りました。ここはローマ時代非常に大きな街があったところですが、7世紀になり南下してきたスラブ人によって破壊されてしまいました。

 

現在のスプリットはもともと、このサロナ出身のディオクレティアヌス皇帝が自分の別荘をアスパラ―トス(エニシダの意)と呼ばれたギリシア時代よりあった漁村につくったところです。そして皇帝の死後にスラブ人によって追われた人々が皇帝の宮殿跡を用いて街を形成したところです。

                (スプリット:ル・メリディアン・スプリット泊)

6日目 スプリット

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【スプリット旧市街(イメージ)】

スプリットの旧市街観光へ。まずは銅の門を通り宮殿の地下部分にあたる貯蔵庫だったところへ。たくさんの人が移り住んでからここは上からのゴミ捨て場となっており、現在でも(2009年5月現在)30%の部屋はゴミで埋まっているそうです。

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 宮殿の1階部分は壊されてしまったため、地下の構造から宮殿を想像するしかないのですが、地下と同じ構造になっていたことがすでにわかっているそうです。アドリア海のブラチ島の石灰石を組み合わせた回廊や工房は素晴らしかったです。その後地下から地以上へ上がり謁見の間へ。

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【スプリット:大聖堂】

今は街の中心となってしまっておりますが、列柱が並ぶ街並みは独特でした。昔はディオクレティアヌスの霊廟だった大聖堂へ入りました。キリスト教徒を迫害した皇帝で悪名高いディオクレティアヌスだったため、内部はキリスト教徒によって破壊されておりほとんど原型をとどめておりませんが、唯一破壊を免れた皇帝の像が残っていました。皆、皇帝の顔を知らなかったため、そして上部にあったため破壊を免れたとのことです。

 

見学後、ジュピター神殿(洗礼堂)へ。皇帝は自分をジュピター(ゼウス)の息子と言っており、自分のために神殿を築いておりました。この場所は、その後キリスト教徒によって洗礼を行う場所に変えられましたが天井に残る彫刻は素晴らしいものでした。石にはクロアチア王国の独特のデザインが彫刻されていました。大きな洗礼者ヨハネの像も素晴らしかったです。

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そして金の門に向かい大きなグルグールの像を見学。彼の足に触ると願い事が叶うとも頭がよくなるとも言われていたため皆で触りました。その後旧市街にてフリータイムの時間をとり、その後昼食レストランへ。アドリア海の魚料理を楽しみました。f:id:life-as-a-guide:20210728211434j:plain

午後は旧市街に戻り再び自由行動。私は希望者と改めて街の散策を楽しみました。青空市場で買い物をし、その後ペリスティル(大聖堂広場)にあるカフェ「ルクソール」にてティータイムという流れです。その後、一度ホテルに戻り休憩です。

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夕食は再び旧市街にて。夕食後ライトアップされた旧市街の景色を参加者全員で楽しみホテルに戻りました。

                               (スプリット泊)

7日目 スプリット~モスタール~ドヴロブニク

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【ドヴロブニク】

午前、アドリア海沿いをバスで走り一路ドヴロブニクへ。ディオクレティアヌスの宮殿からトルコのアヤソフィヤ、アメリカのホワイトハウスなどの数々の建築の材料となった美しい石灰石を産出するブラチ島を横目に進み、ラベンダーが有名なマカリスカと呼ばれる美しい海岸線を通りました。

 

トイレ休憩をかねてマカリスカのカフェで小休憩し、美しい海岸とマルコポーロの生まれたコルチェラ島と遠くに見ながらボスニア・ヘルツェゴビナへ向かいました。ネレトヴァ川の河口はデルタ地帯になっており農作物が非常に豊富につくられているところでした。

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国境の前、バチーナ湖での写真ストップを取り国境を越えてモスタールへ。途中イスラム寺院が達つボチテリ村に立ち寄りました。モスタールはヨーロッパの雰囲気がほとんどなくバルカン半島またはオリエントといったイスラム・トルコの風情が残り独特な町でした。

 

そしてその後、モスタールの石橋を渡りました。橋を渡った跡は町の中を歩きトルコ時代を偲ぶ家などを見学しました。そして昼食には子牛のケバブ食べ、午後はクロアチアへ。

 

クロアチアへ入りしばらくするとアドリア海に面した部分のボスニア・ヘルツェゴビナへ再び入りました。ネウムという町のスーパーで買い物をして一路ドヴロブニクへ。

                      (ドヴロブニク:アルゼンチーナ泊)

8日目 ドヴロブニク

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朝、希望者と朝のお散歩へ。まだ人の少ない旧市街の散策を楽しみました。その後、ホテルに戻り昼食、その後バスで旧市街の全景が撮れるところまでドライブ。そしてピレ門まで行き歩いて旧市街へ入りました。

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入るとすぐにオノフリオの噴水がありました。そして、ヨーロッパでも3番目に古く今でも営業をしている薬局のあるフランチェスコ修道院を訪れました。1667年に起こった地震以前の絵があり興味深かったです。大地震にも関わらず、地震の前と後では旧市街の建物がほとんど変化していないところが素晴らしいと感じました。

 

その後、中央のプラッツァ通りへ。もともと、この道は水路になっておりラグーサと呼ばれる島とドヴオークと呼ばれる大陸側の町が埋め立てられベネチア時代に城壁が造られて現在の町が形成されたとのこと。

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そのプラッツァ通りを少し歩き公平のシンボルであるローランドの像を見学、その後地震の被害を逃れたスポンザ宮殿へ。もともと税関だったところでした。見学後、旧総督邸へ。総督になると4週間軟禁状態でこの邸宅に住み、4つの城門の鍵の管理だけをしていたそうです。

 

ドヴロブニクは自由をこよなく愛した人々により、多大なる税金を宗主国に納めながら自治を実現させていたところです。王国や帝国の独裁国家が当たり前の中世の時代を民主制で運営していた希少で美しい町です。

 

大聖堂ではティッツィアーノの「聖母被昇天」の絵が飾られていました。その後、聖ドミニカン修道院を訪ね様々なドヴロブニクの宝物を見学しました。

 

見学後、天気が良かったため海からドヴロブニクを眺めることができるクルーズツアーにご案内。海から眺める旧市街とロクルム島は違った雰囲気がありました。そして午後は自由行動です。

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私は希望者とピレ門近くのカフェ「フェスティバル」にて軽食を食べた後、城壁歩きを楽しみました。赤い屋根の町並みは素晴らしかったです。内戦の時、世界遺産の街(ドヴロブニク)は攻撃されないであろうと言われておりましたが、他の町と同様にこの町も攻撃され、手榴弾やナパームボムが撃ち込まれました。

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内戦以前に起こった大地震もあるドヴロブニクは悲惨なくらい崩壊しました。しかしながら地元住民の努力によってドヴロブニクの街は当時と同じ材料を用いて復元され美しい街が蘇りました。赤い屋根の78%は新しいものだというから驚きます。

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夕食はピレ門近くの「ナウティカ」にて。夕食後、ライトアップされた旧市街を見学しホテルに戻りました。

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                              (ドヴロブニク泊)

9日目 ドヴロブニク~コトル~ブドヴァ

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午前、モンテネグロに向かいました。国境を越え、まずはコトルへ。途中フィヨルドが創り上げた美しい景色を見ていると島が見えてきました。人口の島・聖マリア島が見えるところで写真ストップし、2500年前から町が存在していたリサンや非常に大きな町だったペレストなどを通り抜けコトルに到着しました。

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コトルは城壁の残る美しい町で、武器の広場から歩き町中を見学。聖トリフォン大聖堂を見ました。その後、町で自由時間をとりバスに戻ります。2kmのトンネルを越えてブドヴァへ。

 

ブドヴァの町ではランチにイカ墨リゾットと魚のメインを楽しみました。昼食後町の散策です。見学後、ドヴロブニクに戻ります。せっかくなので、帰路はルートを変えます。フェリーでアドリア海の入り江を渡り国境へ向かいました。

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ドヴロブニクの近くのチャフタットのレストランにて夕食を食べホテルに戻りました。

                              (ドヴロブニク泊)

10日目 ドヴロブニク~ウィーン

 

ゆっくりホテルをチェックアウトし早めの昼食をとりドヴロブニクの空港へ。オーストリア航空にてオーストリアの首都ウィーンへ。到着後、ホテルにチェックイン。

                    (ウィーン:インターコンチネンタル泊)

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11日、12日目 ウィーン~成田

朝、国際線の出発まで時間があったため、せっかくなのでウィーン市街の見学へ。希望者と地下鉄を使いオペラ座へ。その後ケルトナー通りを歩きシュテファン大聖堂へ。そしてグラーベン通りを歩きハプスブルク家の宮殿へ。そして大聖堂前まで戻りカフェで小休憩。アイシュペナー(ウィンナーコーヒー)を楽しみました。

 

その後地下鉄でホテルに戻ります。そして空港へ。オーストリア航空にて日をまたぎ成田に到着となりました。

                                  (機中泊)

 

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